はじめに:海外通販の「聖域」がついに消える
以前、当ブログで「SHEINやTemuなどの海外ECとインボイス制度」について取り上げた際、非常に多くの反響をいただきました。
しかし、令和8年度(2026年度)税制改正により、この「1万円以下の少額輸入免税」という聖域に、ついにメスが入ることとなりました。
本記事では、この改正がなぜ行われるのか、実務上どのような影響が出るのか、徹底的に深掘りしていきます。
改正の背景:なぜ今「1万円以下」が問題なのか
現行制度の「歪み」と国内事業者の悲鳴
現在、輸入する貨物の課税標準額が1万円以下(販売価格16,666円程度まで)であれば、関税定率法により、関税および消費税が免除されています。
これは、少額な貨物に対して一律に徴税事務を行うのはコストに見合わないという「徴税コストの観点」から設けられた特例でした。しかし、以下の理由により「不公平だ」という声が無視できないほど大きくなりました。
- BtoC取引の激増: SHEIN、Temu、AliExpressといった巨大プラットフォームの台頭により、個人の小口輸入が激増。
- 国内事業者の逆差別: 国内の小売店で100,000円のものを買えば10,000円の消費税がかかるのに、海外サイトで合計100,000円のものでも同じもの10個であればバラバラに買えうことで消費税がゼロになる。
この「消費税10%分のハンデ」は、国内の製造業や小売業にとって致命的な競争力の差となっていました。
国際標準との足並み
世界的な流れとしても、米国ではすでに同様の少額免税制度を2025年8月に当初予定を前倒しして廃止、EUは2026年7月1日からの廃止を決定しています。
日本もこの国際標準に足並みを揃える形となります。
新設「特定少額資産の譲渡」の定義を読み解く
今回の改正で最も重要なキーワードが、消費税法第2条第1項第8号の6に規定される「特定少額資産の譲渡」です。
3つの要件
この定義に該当すると、たとえ国外から発送されるものであっても「国内取引」とみなされ、日本の消費税が課されることになります。
- 通信販売(BtoC)の方法であること: インターネット等を通じて、不特定多数の者に販売される取引を指します。
- 国外から国内への譲渡であること: 商品の発送元が海外であり、到着地が日本国内である取引です。
- 対価が1万円以下であること: 一の資産の対価が1万円以下(税抜き)であるものが対象です。
「輸入取引」から「国内譲渡」への性質の変化
ここが非常にテクニカルですが、重要なポイントです。
これまでは「輸入取引(保税地域からの引き取り)」という枠組みでしたが、改正後は「国内で行われた資産の譲渡」とみなされます。
これにより、税関を通る際の「輸入申告」で税金を払うのではなく、販売時点での「取引」に対して課税する仕組みにシフトします。
誰が納税するのか?「プラットフォーム課税」の衝撃
1万円以下の商品を売る海外の零細事業者が、日本で個別に納税申告するのは現実的ではありません。
そこで導入されるのが、以前から議論されていた「プラットフォーム課税(PF課税)」です。
巨大プラットフォーム事業者の連帯責任
SHEIN、Temuなどの「特定プラットフォーム事業者(一定の規模以上のPF)」を介して特定少額資産の譲渡が行われた場合、「そのプラットフォーム事業者が商品を販売した」とみなされます。
- 実際の売り手: 中国の個人商店
- 税法上の売り手: 海外ECプラットフォーム(例:Temuなど)
これにより、税務当局は数多の零細事業者ではなく、一握りの巨大プラットフォームから効率的に消費税を回収できるようになります。
プラットフォームを介さない直接取引はどうなる?
PFを介さない自社ECサイト等での販売の場合、原則通り「海外の販売事業者」自身に納税義務が生じます。
しかし、これには消費税の回収について実効性の問題が残ります。
そのため、「特定少額資産販売事業者の登録制度」の仕組みが導入されます。
実務上の論点:インボイスと仕入税額控除
ビジネスでこれらの海外ECを利用している個人事業主や法人にとって、最も気になるのが「仕入税額控除」です。
登録事業者からの購入のみ控除可能
特定少額資産の譲渡についても、日本のインボイス制度が適用されます。
つまり、購入先(またはPF事業者)が「適格請求書発行事業者」としての登録番号を保持しており、正しいインボイスを発行しない限り、買い手側は仕入税額控除を受けることができません。
簡易課税制度への影響
これは日本で海外ECを利用している個人事業主や法人についてではなく、特定少額資産の譲渡を行う海外EC事業者についての話ですが、その売上について海外EC事業者自身の簡易課税における税額控除の計算から除外されます。
これは、国外事業者が簡易課税を利用して不当に利益(益税)を得ることを防ぐための措置です。
消費者への影響:実質10%の値上げになるのか?
多くの一般ユーザーにとっての懸念は、「SHEINやTemuで買うのが高くなるのか?」という点でしょう。
結論から言えば、「理論上は10%高くなる」ことになります。
しかし、以下のシナリオが考えられます。
- 価格転嫁: 1,000円だった商品が、消費税込みで1,100円になる。
- プラットフォームの負担: 競争力を維持するため、PF側が手数料を調整して価格を据え置く(実質的な値下げ販売)。
- 物流の効率化: 税関での手続きが簡素化される「登録制度」を利用することで、物流コストを下げ、増税分を相殺する。
スケジュールと今後の対策
適用開始時期
この改正は、令和10年(2028年)4月1日以後に行われる資産の譲渡から適用されます。
「令和8年度改正」ですが、システム改修や周知期間を考慮し、実際に動き出すまでには猶予があります。
事業者が今から準備すべきこと
- 輸入仕入れの整理: 自社が海外ECから少額備品を大量に買っている場合、将来的に仕入税額控除がどうなるかを把握しておく必要があります。
- 販売サイドの検討: もし越境ECを検討しているなら、対象国の税制(日本への逆輸入を含む)に精通したアドバイザーが必要です。
まとめ:公平な市場環境への一歩
今回の「特定少額資産の譲渡」の創設は、単なる増税ではなく、「デジタルトランスフォーメーション(DX)時代の税制の適正化」と言えます。
「海外から買えば安い」という歪みが解消されることで、国内のハンドメイド作家さんや中小小売店にとっては、追い風になる改正かもしれません。
税理士としては、この複雑な制度が「納税者の事務負担」になりすぎないよう、今後発表される通達などを注視していく必要があると考えています!



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