はじめに:なぜ今「CRS」が注目されるのか
国際的な租税回避・資本逃避を抑制する観点から、金融口座情報を世界各国の税務当局が自動的に交換する仕組みが広まりつつあります。
これが「CRS(共通報告基準:Common Reporting Standard、自動情報交換制度)」です。
多くの国がこれを採用しており、日本もその例外ではありません。
企業や個人の国外資産保有・外国口座利用について、これまで以上に透明性が求められる時代になってきています。
今回は、CRS制度の概要と、企業・個人が実務的に注意すべき点、対応ステップを整理して解説します。
CRS(共通報告基準)とは
制度の目的・背景
CRSは、OECD(経済協力開発機構)が策定した国際基準で、加盟国・採用国の金融機関が顧客の金融口座情報を税務当局に報告し、これを他国の税務当局と交換する制度です。
目的としては、タックスヘイブンやオフショア口座を利用した租税回避・資産隠匿を防止し、税の公正な徴収を促すことにあります。
対象となる国・地域
多くの国・地域がこの基準を採用しており、日本も参加国です。
多くの国の金融機関が、日本居住者の口座情報を日本の税務当局に報告することがありますし、日本の金融機関も外国居住者の口座情報を相手国当局に通知する義務を負うケースがあります。
なお、令和7年報告分の対象国は以下の通りです。
(国税庁ホームページより引用)
報告すべき情報の範囲
報告対象となる主な情報には以下のようなものがあります(国・制度によって若干の差異あり)。
-
口座保有者の氏名、住所、居住地
-
納税者番号(日本ではマイナンバーなど)
-
口座番号
-
口座残高・時価
-
利息、配当、売買差益、受取元本返還額などの収益・支払額
これらの情報が、所定のタイミングで報告され、他国税務当局と自動で交換されます。
企業・金融機関の対応義務
金融機関の届出・本人確認義務
金融機関には、顧客口座開設時あるいは既存顧客の再確認時に、顧客の居住地・納税地を確認したりする義務があります。
これにより、税務上の居住地との整合性を確保します。
口座保有者の申告(自己報告)義務
口座保有者(個人・法人)は、金融機関に対して必要な情報を提供する義務がある場合があります。
また、金融機関からの問い合わせに対して虚偽の申告等をしてはいけません。
外国拠点・連結会社への影響
企業グループが複数国にまたがる場合、子会社・関連会社が外国の金融機関を利用していると、親会社もその情報交換制度の影響を受ける可能性があります。
また、オフショア子会社の資金移動や役員報酬・配当支払いにも注意が必要です。
個人の注意点
居住地・課税地と口座保有地の関係
口座を外国に持っている場合、その外国口座情報が日本の税務当局へ報告される可能性が高くなります。
日本に居住している人などには、国外口座を持つ際にこの点を意識する必要があります。
タックスヘイブン・オフショアとの関係性
タックスヘイブン国・地域に口座を置いたり会社を所有している場合、税務当局から疑義を持たれやすく、CRSによる情報交換で露見するリスクが高まります。
特に、受益所有者(beneficial owner)が誰か、実質的な支配関係がどうか、という点が精査されます。
日本における制度の仕組み・運用状況
国内法令整備
日本では、CRS制度を受けて、国外送金等調書制度や国外財産調書制度の整備が行われています。
たとえば、国外財産調書制度では一定額以上の国外資産を有する場合、税務署に申告しなければならず、これがCRSと相まって情報の透明性を高める役割を果たします。
実務上の流れ
おおまかなフローは以下の通りです。
-
金融機関が顧客の口座情報を収集・整理
-
金融機関が税務当局に報告
-
税務当局が他国当局と情報交換
-
各国の税務当局が情報を使って課税調査や確認
-
必要に応じて追徴課税、罰則などが適用
【実例】CRS情報が影響した相続税務調査のリアル
CRSの導入により、税務署は以前にも増して海外の金融口座情報を把握できるようになりました。
ここでは、CRSで情報が交換された海外口座が、実際の相続税務調査でどのように指摘され、対応したかの一例をご紹介します。
事例の概要と論点
背景: 相続税の申告後、税務署から税務調査の通知があり、「3年内の贈与加算」や「生命保険の計上漏れ」などが確認事項となりました。
調査の展開: 調査の過程で、故人様が保有していた海外口座の存在が指摘されました。
税務署はすでに何らかの情報(CRSに基づく情報交換など)を入手していた可能性が高い状況です。
最大の論点:海外口座の評価額
当事務所では、海外口座について、「解約に必要になる費用等を考慮すると、財産的価値は実質ゼロである」と判断し、申告書には含めていませんでした。
しかし、税務署は以下の指摘を行い、評価額の計上を求めました。
(税務署の主張の要点)
「海外口座について、100万円程度の残高があり、財産的価値はあると考えている」
「国外預金は基本はそのまま計上して申告するべき」
税務署との交渉と主張のポイント
当事務所は、以下の主張を継続して行いました。
-
主張の内容: 解約にかかる費用が口座残高を上回るため、「評価ゼロ」「財産的価値・換金価値は無い」と認識していることを伝えました。
-
資料の提出: 評価意見書に具体的な解約費用の見積・根拠資料を添付して提出しました。
実際に提出した評価意見書に記載した文章の抜粋は以下の通りです。
被相続人の財産である○○銀行の預金の評価について説明申し上げます。
○○銀行の預金残高として×× 年末時点で○○○円が存在していた可能性があります。
この財産の評価については解約手続きに○○○ 円を超える費用を要することが見込まれており、財産的価値はゼロ(評価額ゼロ円)と評価いたしました。
これは、農地の評価において通常必要と認められる1 平方メートル当たりの造成費に相当する金額を控除して計算する方法や、証券投資信託の評価において解約手数料を控除して計算する方法と同じ考え方でございます。
また、貸付金債権等の評価を行う場合において、その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しないとする方法と同じ考え方でございます。
なお、上記の通り財産的価値・換金価値がゼロ(マイナス)であるため、財産評価基本通達 203 預貯金の評価の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産に該当するものと考えております。
調査の最終的な結果
納税者側の主張を受けて税務署内で再検討が行われた結果、最終的に以下の回答があり、この件に関する調査は終了となりました。
(税務署の最終的な回答)
「提出された資料を検討した結果、評価ゼロと認められた」
まとめ
-
CRSによる情報把握は前提: 海外に金融資産を持つ場合、税務署はCRSによってその存在を知っている可能性が高く、隠し通すことは非常に困難です。正確な申告が大前提となります。
-
「財産的価値ゼロ」の主張も可能: たとえ残高があっても、その口座の性質、解約費用、手続き費用などを総合的に考慮し、財産的価値がないと合理的に主張できる場合があります。
-
論理的な主張と粘り強さ: この事例では、「財産的価値がない」という主張が認められましたが、海外口座の評価は複雑なため、国際税務に精通した専門家と連携し、論理的な主張と必要な資料を準備しておくことが重要です。





